エアウィッチ

「まずはやってみる」をサポートする卓上空中ディスプレイ

はじめに

株式会社コトは、「枯れた技術の水平思考」を世に広めた故横井軍平が1996年に設立した電子教具・玩具を主とするエンターテイメント企画開発会社である。私が開発プロジェクトをスタートした当初、空中ディスプレイをエンターテイメントという切り口で見渡してみると、世の中には「空中ディスプレイとして楽しいと思えるコンテンツ」は存在していなかった。その理由に気づき、課題を克服するために行き着いた一つの結論が組立式空中ディスプレイキット「AirWitch」である。

空中ディスプレイの課題

空中ディスプレイ≠液晶ディスプレイの代替品

映画で目にする度に、実現を夢見たホログラム技術。このホログラム技術に近い技術として取り上げられつつある空中ディスプレイであるが、まだ生まれて間もないテクノロジーであるが故に気軽に試すにはコスト面での心理的ハードルが高い。そして、開発してみたいが二の足を踏むという話をよく耳にする。そのためか、現状の空中ディスプレイ向けのコンテンツは、より実用的な機能方向に振れていることが多く、エンターテイメント用途としてのコンテンツはあまり多くは見られない。

確かに、「空中ディスプレイ」なのでディスプレイ用途として利用されるのは至極真っ当な話である。しかし、「空中に映像が浮遊する」という特徴をもっと発展させるべきではないか、という話もある。これまでの液晶ディスプレイの代替としてではなく、空中ディスプレイ独自のスタイル。空中ディスプレイだからこそ提供できるユーザー体験という未知の領域が、まだ存在しているように思う。

「まずはやってみる」ことが重要

液晶ディスプレイの代替品という立場から空中ディスプレイを救い出すには、楽しさを提供することが重要である。そして、お客様が楽しいと思うユーザー体験を提供するには「企画」が重要である。生みだしたアイデアを足したり引いたりしながら企画の芽を育てていく。さらに、その企画が楽しいのかどうかを検証する必要がある。実際、机上のアイデアは面白いが、実際やってみると意外と面白くないということはよくある。考えて、やってみて、壊してみる。このスクラップ&ビルドをいかに短期間でスピーディに実行し、PDCAを回し、企画精度を上げていくか、ということが変化の早い現代では重要とされている。

そのような現代において、「まずはやってみる」ための環境があるかどうかは非常に重要である。空中ディスプレイにおいても「まずはやってみる」ためのコンテンツ開発環境が整えば、エンジニアだけでなく誰でも気軽に参入しやすくなる。スクラップ&ビルドが容易になり、空中ディスプレイはもっとエンターテイメント側に振れた楽しい表現ツールとなるはずである。そこで、「誰でも気軽に空中ディスプレイコンテンツの開発環境を構築できるキット」をコンセプトに開発したのが「AirWitch(エアウィッチ)」である。

「AirWitch」とは

AirWitch」は、組立時間がわずか30秒の組立式空中ディスプレイキットである。キットを組み立て、お手持ちのスマートフォンやタブレットといった表示媒体を差し込むだけで、空中ディスプレイ環境を構築することができる。そして、スマートフォンが持つセンサー類を利用することで、空中ディスプレイをフィンガータッチするといったインタラクティブ性を実装することも可能である。コンテンツのインタラクティブ性については後述する。本体サイズは幅105mm x 奥行225mm x 120mmほどで、デスク上に置けるコンパクトサイズとなっている。
スマートフォン向け、タブレット向けの2つのラインナップがあり、AirWitch STOREにて販売中である。

「AirWitch」は「まずはやってみる」をサポートするキット
 

AirWitch」は、スマートフォンに表示される全ての映像を空中ディスプレイ化してくれる。言い換えれば、コンテンツモックアップ制作のレベルであれば、アプリ開発者でなくてもモックアップを制作することができるのである。例えば、「空中に浮遊する球体を指で弾いて飛ばす」というアイデアがあるとする。この「球体の浮遊、指で弾く、球体が飛ぶ、球体が消える」という一連の流れを動画として作れば良い。複数枚の写真をつなげたストップモーションアニメのようなものでも良い。あとは、「AirWitch」上で空中ディスプレイ表示させてみてユーザー目線で体験すれば良い。要は、企画したコンテンツの一連の流れを動画で制作し、再生してみるだけでもモックアップとしては十分に機能するということである。そして、そのアイデアが面白いかどうかの判断も可能である。

私も同じく、企画立案後は動画でモックアップを制作し、楽しさを判断している。そして、チューニング後にエンジニアへデモプログラム制作を依頼するという流れをとっている。そうすることで、プログラム実装前に企画アイデアのスクラップ&ビルドがしやすく、動画を作ることでコンテンツ仕様の共有もしやすい。結果的にコンテンツのクオリティが上がる。当然、スマートフォンアプリやウェブアプリ開発エンジニアであれば、スマートフォンの機能をフル活用し、フィンガータッチにも対応したインタラクティブなコンテンツが開発可能である。

AirWitch」の空中映像表示技術

AirWitch」の空中映像表示技術には、宇都宮大学山本裕紹研究室と合同会社SNパートナーズが共同開発したpAIRR(*1)技術を応用している。pAIRR技術は、従来の技術である再帰性反射シートとハーフミラーで構成される結像技術をさらに進歩させた。
従来の再帰性反射シートとハーフミラーで構成される結像技術では、スマートフォンに映し出された映像を空中表示させたとしても、表示映像は暗く、しかも解像度が低くて実用に耐えられるものではなかった。pAIRR技術ではスマートフォンの液晶画面から発する光を効率良く反射させることで、スマートフォンの限られた光量でも明るく実用に耐えうる空中映像を表示させることに成功した。
また、再帰性反射シートとハーフミラーで構成される結像技術は、こなれた技術であり、複雑な筐体セッティングを必要としない。表示映像を最適化するための基本的構成は存在するが、その基本構成から多少外れても問題無く空中映像を表示することができる。このシンプルで簡便な結像技術によって、わずか30秒で組立てることができる「AirWitch」の筐体設計が実現した。

空中ディスプレイの特徴

スクリーンレスと実在感。

ここで少し、空中ディスプレイの特徴をおさらいしてみる。空中ディスプレイの最大の特徴は、スクリーンレスでの映像表示である。例えば、キャラクターを空中ディスプレイに表示させると、キャラクターだけが空中に浮いているように見える。 キャラクターの周辺にはスクリーンもディスプレイも存在しない。しかも、裸眼で見ることができるので、普段の生活の中で自然な流れでキャラクターと接触することができる。
それはまるで、キャラクターがデジタルデバイスの中から飛び出して、私たちの生活と同じ三次元空間に存在しているかのような錯覚を引き起こす。あたかもそこにいるかのように、視線を感じ、呼吸までも聞こえてきそうな感覚である。加えて、空中ディスプレイに触れると動き出すようなインタラクティブ性を持たせると、さらに錯覚効果は高くなる。お客様(体験者)は、空中ディスプレイを目にすると頭の中で「映像に触れても何も起こらない」という思い込みが生まれるようだ。しかし、指で触れた瞬間に映像がインタラクティブ性を持って動き出すと、お客様の表情は一変する。驚きと共に、楽しいという感情が生まれ、再び触れたくなる衝動に駆られる。

リアルとバーチャルの融合

スクリーンレスであることは、リアル(実体物)とバーチャル(グラフィック)を融合できるという特徴を持つ。これは、空間上の三次元座標軸において、同じ座標位置に実体物とグラフィックを重ね合わせることができるということ。写真2を参照頂きたい。例えば、ローソクを例にとって説明してみよう。ローソクは、芯が接続された蝋で出来たボディと、芯の周りを囲うようにメラメラと燃える炎で構成されている。このローソクからいったん炎の部分を消しさり、別途グラフィックデータとして炎の動画イメージを用意する。ローソクの芯の座標位置に炎の動画イメージを重ね合せると、あたかもローソクは本物の炎が燃えているように見えるのである。

私はMAGIC CANDLEというデモを作成し、バーチャルな炎が燃えるローソクは誰の目でも違和感なく見えるのかを調査した。何名かのお客様に体験して頂くと、お客様はローソクのボディと炎のどちらがリアルでバーチャルかを区別できずに混乱していた。バーチャルかどうかを確認しようと炎やボディに触れ、ボディのみ触感を感じてリアルであることに驚く。「炎がバーチャルなら、ボディもバーチャルかもしれない。」その思い込みと実際に触感を感じた時のギャップが大きい程、感じる驚きや感情の揺れ動きも大きくなる。
バーチャルな炎にはエフェクトを加えることもインタラクティブ性を演出することも可能である。 指で炎に接触すると、突然爆発し、爆発の中から妖精が生まれる、といったような現実では起こりえない現象(ファンタジー)を演出することでさらに驚きが生まれる。

デモコンテンツ

私はこれまで、「AirWitch」を用いて数々のデモを作り、空中ディスプレイならではのコンテンツとは何かを模索している。それら一部のデモおよびコンセプトを紹介しながら、お客様にデモを見て頂いた中での発見などもあわせてご紹介していきたい。デモは全て「AirWitch」公式サイトhttp://airwitch.jp/で動画公開中である。

ひつじタッチ

ふわふわと浮遊するひつじ。ひつじの身体に触れた瞬間、ひつじがピクッと動き出す。ひつじに触れ続けると、ひつじは声を出して大笑いするというとてもシンプルなデモである。このひつじタッチは、老若男女関係なく誰もが好むデモである。見た目の可愛さだけではなく、触れるとピクッと動いて声を出して笑うというリアクションも含めて可愛いというのが被験者の多くの意見である。誰もが好む理由には三つあると私は推測する。
 
一つ目は、触れても反応しないと思っていたキャラクターが突然反応するという意外性が楽しい。二つ目は、触れるとキャラクターが笑うことで、被験者は「くすぐっている」のだと錯覚する非常に分かりやすい構図。三つ目は、笑い声である。特に笑い声の威力は絶大で、この笑い声によって誰もが表情を笑顔にしてしまうほどの威力がある。そして、その笑い声が人々の知的好奇心をくすぐるようで、別の人々が集まり、その人の流れがまた別の人々を呼ぶ。笑い声がある場合とない場合とではお客様の反応が全く異なる。
 
もう一つ興味深い現象はフィンガータッチである。指でひつじに触れると、ひつじがピクッと動き出すが、このひつじのリアクション(フィードバック)が早いか遅いかでもお客様の反応は大きく異なる。

Beat Module - ビートモジュール

JUKEBOXのレコードがフィギュアになったような、フィギュアとサウンドが連動したサウンドビートボックスを作りたい。フィギュアを飾って眺める楽しさに加え、フィギュア個別のサウンドも楽しめる。新しい音楽の楽しみ方が生まれるかもしれない。そんなコンセプトで制作したBeat Moduleは、フィギュアそれぞれに独自のサウンドが仕込まれており、ユーザーはフィギュアを取り変えることでサウンドを切り替えることができる。まるでジャケ買いするかのごとく、フィギュアの見た目でサウンドを楽しむことができる。空中ディスプレイには音楽とフィギュアに合わせたアニメーションを表示させ、フィギュアを演出する役割を持たせた。デモセットは写真3を参照頂きたい。
さて、このBeat Moduleだが、RFIDを用いて実現していると勘違いされることが多いが、そうではない。スマートフォンのセンサーと人々の錯覚を用いて実現している。詳細は割愛するが、ぜひ「AirWitch」公式サイトのデモ動画をご覧頂きたい。

OMIKUJI - マーケティング調査用途例

OMIKUJIは、「AirWitch」をマーケティング調査ツールとして利用した例である。弊社オリジナル製品であるPIPEROID®のマーケティング調査としてイベントを企画。お客様がアンケートに答えると一回おみくじが引け、当たりが出れば景品がもらえるというイベントを実施した。
 
このイベントの中で「AirWitch」を「デジタルおみくじツール」として利用し、年齢、性別ごとのPIPEROID®人気傾向、オフィシャルウェブサイトのサイト閲覧数、流入率、CVRなどの結果を確認。おみくじ結果がポジティブな場合、ウェブサイトへの流入率が高くなるといった調査結果を得ることができた。


LinkIconマーケティングレポート(サンプル)

PIPEROID® SLOT - 複数同期使用例

空中映像は一つでも十分楽しめるが、複数台が連携すればもっと楽しくなるはずである。コンパクトな「AirWitch」筐体の特徴を生かし「遊べるデジタルサイネージ」をコンセプトとした「AirWitch」の複数同期デモを東京ギフトショーで展示した。展示の様子を写真4で示す。
この展示では、商品を販売促進するためのデジタルサイネージツールとしての可能性を模索するべくPIPEROID®キャラクターを用いたスロットマシン"PIPEROID® SLOT"を展示。3台の「AirWitch」上に表示されるPIPEROID®キャラクターを指でタッチして、3台全ての絵を合わせるスロットゲームである。全ての絵が揃うと「Congratulation!!」のメッセージと共に祝福サウンドが流れる。スロットで遊んだブース来場者の方々には、当たりが出るとギフトショー限定サンプルをプレゼントした。来場者は、PIPEROID® SLOTを目にすると足を止める。試しに映像に触れてみれば、3台全ての「AirWitch」が動きだすことに驚き、周りの目も気にせず何度もスロットを楽しんでいた。大人達がPIPEROID® SLOTに夢中になる姿を見て、遊べる空中映像として自然に受け入れられていることに嬉しさと手ごたえを感じた。

さいごに

私は、空中ディスプレイをエンターテイメントツールとして捉えている。映画やゲームといった類のものではなく、もっと広義な意味としてである。「無くても良いもの。でも、あれば人の心を楽しませ、慰めることができるもの。」そういう位置付けである。例えば、とあるファストフード店での話しである。食事を済ませ、ふと店内の壁紙を見渡した。そこには、一つのパターン化されたイラストの中に一部異なる図柄があった。よく見るとファストフード店のオリジナルキャラクターである。見つかりそうで見つからない、絶妙な位置にそのキャラクターは存在しているのである。そのキャラクターを見つけた瞬間、おもわず「ア!」と口に出し微笑んでしまった。思わず、その時の嬉しい気持ちを勢いでSNSに上げてしまった。この時の私の心の動きや衝動は、壁紙の中にキャラクターが存在しなければ決して起きなかったものである。たった一つのキャラクター。店舗デザインを任されたデザイナーが施した遊びゴコロが、一人の人間の気持ちを動かし行動を促したのである。

一人の思いやりが他人の意識を変えることができる。思いやりと遊びゴコロは常に一体である。誰かを楽しい気持ちにしてあげたいという気持ち、相手を思いやる気持ちがなければ遊びゴコロは生まれない。遊びゴコロによって和らいだ心は、いわば肥沃な土壌となる。そこに、コミュニケーションの種子が落とされ、芽吹き、ポジティブな印象へと育っていく。「AirWitch」含め、空中ディスプレイを用いた表現ツールが、企業と人々、人々と人々のコミュニケーションを促す一種の役割を担うことが出来れば本望である。


*1 pAIRR技術:
宇都宮大学 山本裕紹研究室と合同会社SNパートナーズが共同開発した空中映像表示技術。
及びPIPEROID ®は株式会社コトの登録商標です。